
少し、横になった。まどろんだ。
電話をしてみた。出なかった。
心が、
雨に打たれるようで、
夜という海の中を漂う。
あの日、彼女は、結婚しようと思うと言って、
私は、そう、それはおめでとう、とにこにこしながら答えた。
いつものように、市内のレストラン巡りのランチの席で。
そのあと、春だったので、近くの神社の桜が綺麗だった。
小さな神社で昼なので誰もいなくて、
桜の花びらが、いくひらもいくひらも彼女の髪に舞い降りた。
私は彼女の髪の毛を感じながら、
彼女のつやのある髪の毛と桜の花びらと、どっちも同じくらい綺麗だなあと思った。
記憶の中の断片。
静かな闇のなかのカンテラ。
心深くに刻まれた、未完成のスケッチ。
あのときの桜の花びらが、そのひとひらだけでも綺麗だったように、
こうした記憶のかけらも輝きは残している。
宝石が、かけらでもきらめくように、
マッチの火の消えた後の残灯のように。
花びらを拾い集めてどんな花だったか思い出そうとするのだけれど、
もう古いことで、
どんな花だったのか、思い出すことが叶わない。
年老いて、忘れるということは、
きっとこれに似た感傷なのだろうな、と思う。
諦めと刹那さと、
ひとかけらの、平和。

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